「民主主義」=数、真理とは無関係

今現在、みんなに正解(真理でもいいです)が判っているわけではない、でも今、判断を下し方向を決めて先に進まなくちゃならないという状況下では、取り得る方法がいくつかあるわけです。

いちばん短絡的ともいえる方法では、個人個人勝手に方向を決めて進むことです。
でも、それじゃあ、面白くない… 確かに…

では、そこに集団的な生活状況がある場合、もとい、みんなが一緒に協力して生活を送っている場合、最も面倒くさい民主主義という方法が成立し得ます。

その集団の中で民主主義によって選ばれたリーダーが絶対的な決定を下します。

そのリーダーが誰か(祈祷師? 有識者?)に相談して決断するにせよ、他の人々がその決断に従うのであれば、それで良いわけです…結果はどうあれ…

「民主主義」は真理を追究するための主義ではないですから、問題ありません(^-^;

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