裁判はアプリソフトで

ムスカリ

だいぶ以前から思ってはいることなのですが他人の話と証拠物件だけで、自分自信で具体的に精査することもなしに、個人や集団の将来を左右する判決を下す裁判官に対してようやるなあ~、普通の神経の持ち主ならとても出来ることじゃない、と思ってしまいます。

もし、他人の話や証拠物件が捏造されたものであったり、単なる勘違いであったりした情報に基づいて、死刑判決を下す可能性を考えたら、普通は耐えられんでしょうね。

しかし、裁判官は職業として、
人間業とは思えないそれを行っているわけです。

まあ、そうは言いましても、
誰かが行わなければならない仕事でもあります。

それならいっそのこと、
裁判の判決はアプリケーション・ソフトに任せれば良いと思うのですが…

どうせ裁判官たちは、
自分たちが納得できるまで自分たちで調査するわけでもなく、他人が提示した情報に基づき、法に則った過程を辿ってゆくのです。

アプリケーション・ソフトであれば、そこには裁判官の恣意的な判断が入る余地もなく、判決に至るわけです。
今となっては、電子化された判例(蓄積されたデータ)も豊富でしょうから、プログラミングとしては簡単な部類に入るのではないでしょうか。

裁判官たちは大変忙しくて、
とても正式な裁判過程を辿る余裕がなくて、訴訟のおおよそ80%が調停という形式で終わってしまうという状況に鑑みますと、裁判はアプリケーション・ソフトで行ってしまうという方法が適切だと思うのですが…

しかし、実際には、そうはなりそうにありません。

何故なら、裁判所自体が、検察庁と同様に、既得権者層を守る機関の一つですので、そこには恣意的な判断が入り込む余地が必要とされてくるのですから、裁判過程に全く意図的な操作が入り込めないような機械的なプログラムでは困ってしまうわけです。

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